公益通報者保護制度と見直しについて
2025年4月9日
労務管理ヴィッセンシャフト vol.33
野崎 律博
◆通報したら懲戒処分された?公益通報者保護法の実効性について
いよいよ4月となり、暖かい日が訪れております。新入社員さんの入社式も行われ、皆様の会社も新しい空気が訪れ、新鮮な気持ちでお仕事に従事されていることと思われます。
昨今企業や団体におけるコンプライアンスの重要性が高まっております。コンプライアンスというとその範囲は広いのですが、今国会において公益通報者保護法の改正が予定されております。きっかけは例の都道府県議会における内部通報者に対する懲戒処分と、それらを苦にした自殺等といった深刻な事案が報道され、社会問題になっていることにあります。
公益通報制度は、企業及び団体における不正の早期発見と是正、ひいては社会的信頼の確保に寄与する制度です。公益通報制度の信頼性と実効性を確保することは、組織の健全な運営と発展にとって不可欠な要素であり、通報者を不利益取り扱いや人権侵害から守るという観点において、重要であるといえます。
この法律の目的は企業や役所などの組織で働く人が「おかしい」「これは違法では?」と感じたことを、安全に通報できるよう体制を確保することにより、不正の早期発見・是正を可能とすることを目的としています。私は社労士という立場上、会社側の顧問を行っておりますが、例えば悪意なく労働法違反が生じてしまった場合は、再発防止や被害者への権利回復等、適切に対応することをお勧めしております。なぜならそれらがきちんと行われない場合、二度三度と同じ事案が生じ、にっちもさっちもいかなくなるケースが多いからです。まさに今ニュースを騒がせている某都道府県知事の事案は、それらを象徴するケースといえます。
歴史的に振り返るなら、2022年に公益通報者保護法は改正されております。改正を通じて、事業者自らが不正を是正しやすく、公益通報者がより安心して通報できるようになりました。2022年改正のポイントは(1)内部通報に適切に対応するための体制整備(2)内部調査に従事する者への守秘義務(3)行政・通報期間への通報の要件緩和(4)保護対象者の範囲拡大(5)保護対象となる通報の範囲拡大(6)保護内容の確認・・・といったものでした。具体的には従業員数300人を超える企業は、内部通報に適切に対応できるための環境整備が義務付けられました。例えば内部通報窓口の設置や法令違反への是正、経営幹部の影響力が及ばない体制づくりなどです。ちなみに300人の従業員には正規社員だけでなく、非正規労働者(パート・アルバイト、契約社員、派遣労働者など)も含まれます。雇用形態にかかわらず組織の不正を通報する行為を妨げるような組織運営や不利益取り扱いを許さないという趣旨となっておりました。
◆公益通報者保護制度見直しの背景について
なぜ2022年公益通報者保護法の改正が施行されたにもかかわらず、わずか2年あまりでさらなる改正が議論されているのでしょうか?2022年改正後に帝国データバンクが調査を行ったのですが、その結果301人から1千人の事業者の4割以上、1千人超の事業者の約3割が公益通報者保護法に対応していないという結果が明らかとなりました。改正されたにもかかわらず法令違反が生じている背景の原因として、公益通報保護法の違反に対する有効性確保に課題があることが挙げられます。具体的にいえば、仮に法令違反があったとしても、事業者に対して行われるのは消費者庁長官による助言・指導・勧告が行われるだけであり、その後改善しなかったとしても大きなデメリットがないというからです。また、企業名公表があったとしても、当該事業者や団体に実質的なデメリットはなく、法令の実効性確保を担保するに不十分である点も指摘されています。
◆公益通報者保護制度の見直しポイント
改正内容の一つ目のポイントとして、従事者指定義務違反への刑事罰化があります。従事者とは公益通報対応業務を行う人をいい、従業員数301人以上の会社には、これを指定する義務があります。指定された従事者は、通報された情報に対して守秘義務が課せられており、これに違反をした場合刑事罰が科せられていたのですが、そもそも従事者指定履行が徹底されていないケースが多く、これら違反行為についても刑事罰の対象とする改正が予定されております。
二つ目には事業者が整備した公益通報への対応体制について、従業員に対し周知することが法律にて定められる予定です。今までも指針等で定められていたのですが、法制化により実効性確保の担保に寄与する効果が期待されます。
三つ目は非常に重要な改正です。現行の制度においても、公益通報者の保護を図るということが明記されておりますが、現状では通報者の探索や特定が行われることで、通報する側が萎縮し公益通報が行われない(あるいは行われにくい)ことが問題点として指摘されております。これらを改善するために、法令において「正当な理由なく、労働者等に公益通報者である旨を要求する行為等、公益通報者を特定することを目的とする行為を禁止する規定」を設けることが閣議決定されました。
四つ目には、公益通報を妨害する行為の禁止についてです。例えば会社や役所が従業員に対し、公益通報をしないことを約束させられることや、通報をしたことで不利益な取り扱いを行うことを示唆する等の公益通報を妨害する行為を禁止するとともに、これらにあたる契約締結等の法律行為は無効とされるようになります。
五つ目として、公益通報を理由とする不利益取り扱いの抑制と救済措置の強化です。現行法においても公益通報への不利益取り扱いは禁止されておりますが、不利益を受けた通報者が救済を求める際、民事裁判を通じて事後的に救済を求めるしかありませんでした。しかしながら民事裁判は訴訟を起こす側の負担も大きく、従業員が通報を躊躇する大きな要因となっております。これら現状を是正するために、通報への不利益取り扱いの刑事罰化が行われることとなります。ただしこれら法改正により、経済活動への過度な萎縮や犯罪の構成要員の明確化といった観点により、刑事罰の対象となる不利益取り扱いは解雇と懲戒処分に限られます。
六つ目として、通報者の不利益を救済するにあたって民事訴訟が行われる場合において、「不利益な取り扱いが公益通報を理由としておこなわれたこと」の立証責任について、事業者側が行わなければならないということです。民事訴訟は、立証責任は被害者側(この場合は従業員側)にあるのですが、社会的弱者を救済することが重要視される場合においては、加害者側に立証責任が課せられる場合があります。他の法令での具体例を挙げると、自動車損害賠償責任法などが挙げられます。公益通報者保護法においても、被害者救済等の観点から立証責任者を通報者ではなく、事業者側に転換されることになります。
最後に、人も会社組織も不本意で誤りを犯すことがあるかと存じますが、これらを隠さず真摯に対応し再発防止に努めることが、企業活動の健全な発達と組織の成長に寄与することに繋がります。また現代社会においてコンプライアンス遵守は重要です。ハラスメント等が密室で行われれば、組織の空気も悪化し生産性低下が起こる等、デメリットしか生じないことを認識する必要があります。
【公益通報保護法見直しのポイント】 |
①従事者指定義務違反の刑事罰化
②公益通報の対応体制について、従業員への周知義務
③公益通報者を特定することを目的とする行為の禁止
④公益通報を妨害する行為の禁止
⑤公益通報を理由とする不利益取り扱いの抑制と救済措置の強化
⑥公益通報による不利益取り扱いの立証責任を事業者側が行うこと |