旅するお荷物

兵站と物流(その1)

2025年3月19日

『旅するお荷物 vol.5
大原 欽也


― 軍事と産業のロジスティクス ―
兵站(へいたん)とは軍事用語であって、簡単に言えば、前線への後方支援・戦闘支援のことで、英語ではロジスティクスです。そして兵站の考え方が産業に適用されたのですが、その際、英語ではそのままロジスティクスと称しましたが、日本語では物流と訳されました。

なので、今回の表題を英語風にすると、「ロジスティクスとロジスティクス」となってしまいます。分けたければ、ミリタリー・ロジスティクス、ビジネス・ロジスティクス、などというようです。そこで、兵站から物流への適用の経緯をまとめてみました。

【兵站とは】
改めて、兵站とは軍事用語で、「軍隊の戦闘力を維持し、作戦を支援するために、戦闘部隊の後方にあって、人員・兵器・食糧などの整備・補給・修理や、後方連絡線の確保などにあたる機能。また、その機関。(精選版 日本国語大辞典 ,孫引き)」ということです。要するに、戦闘行動に当たる部隊を支援するために、物資や人員を供給・回収および装備のメンテナンスすることです。それは要するに、補給地と前線との間の輸送・在庫管理業務(品質管理を含む)のことです。それはまた要するに、軍事上の物流のことです…当たり前ですが。

以下、兵站の変遷をかいつまんで振り返ってみたいと思います。なお、私は軍事には疎いので、色々な資料からの引用を主体に話を進めますが、軍事は相矛盾する主張も多い中、整合性は取ったつもりです。

~古代ギリシャ~
どうやら人間は種として誕生以来、同種内での闘争、つまり広い意味では戦争をしていたようです。紀元前数百年、ギリシャの哲学者ソクラテスは、歩兵として戦争に加わった際にこう語ったとされています。「戦いにおける指揮官の能力を示すものとして戦術が占める割合は僅かであり、第 1 にして最も重要な能力は部下の兵士たちに軍装備を揃え、糧食を与え続けられる点にある」。軍装備を揃え糧食を与えるのが兵站の役割ですから、ソクラテスは兵站が最重要であるといっているのです。同時に戦術の役割は僅かともいっているので、これはつまり、軍隊長は物資と食料を揃える能力があればいいということです。皮肉のきいたソクラテスらしい言葉ではありますが、言いすぎなようにも思えます。この頃の戦闘の装備はシンプルで小型のものが多かったでしょうから、兵站としては食糧の供給が主体だったことでしょう。ソクラテスはお腹が空いた腹いせに言ったのかもしれませんが、いずれにしろ腹が減っては戦ができぬで、3,000kCal/日・人を与え続けるという使命は、実際の戦闘以上に最重要事項なのでしょう。

余談ですが、古代ギリシャは都市国家(図表1)同士が度々戦争をして、勝利の暁に奴隷を拿捕し農業等に使役させました。奴隷労働の下支えがあればこそ、ソクラテスなどの自由民が働きもせず哲学できたのです。付け加えれば、アテネの民主政治が完成したのはペリクレスの治世の間約30年間で、前駆的段階から数えても100年間に満たないようです。アテネの人口20~30万人のうち、政治参加できたのは3~4万人でした。この程度の人数で政治をするなら、直接民主制が手っ取り早いようにも思えたりします。私は、科学、哲学、民主政治の祖とされる古代ギリシャに、高評価ボタンを押しすぎたのかなと少し思っています。余談でした。

<図表1> 古代ギリシャの主な都市国家(引用元:グーグルマップ)
内海に突き出た急峻な半島の海岸沿いに築かれた

~中世ユーラシア~
その後、時代が下っても兵站が最重要事項であったことに変わりはありませんでした。ただし、比較的平坦なユーラシアでの移動や戦闘には馬が重要視されました(図表2)。そこで兵站の任務としては、人間用の食料に加え馬用の飼葉の手当ても必要になりました。また海上ルートの多かったギリシャと違い、大陸内では陸上での補給となり、さらに軍隊の規模も大きくなりました。

<図表2>  中央ヨーロッパ~中央ユーラシア付近(引用元:グーグルマップ)
比較的平坦な地形となっている

荷量の増加に加え、地中海の海上輸送より困難な陸上輸送はいかにしてなされたのか。それは「徴発」に多くを依存していました。徴発とは要するに周辺住民から無理やり取り立てることです。一応、対価は支払うという建前ですが、国家間の貨幣流通が未発達な時代で、しかも他国へ侵略している場合などは、その限りではなかったことは想像に難くありません。要は、行軍途中の道々で食料や物資を半ば強制的に確保していたのでしょうが、実は簡単なことでもありませんでした。理不尽な話ではあります。

このような形の兵站は、作戦行動にも制約を課したのです。確実に徴発できるルートを考えなくてはならず、行軍の進行が徴発に影響を受け、同じ場所での待機や持久戦では食料が尽きかねない、といったことです。とはいえ、現代に比べると兵站の規模は小さく、だからこそ徴発で賄うことができたのかと思います。

~近代ヨーロッパ~
近代になって世の中が一変しました。イギリスで産業革命が勃興したのです。これはエネルギー革命と言い換えてもいいと思いますが、要は化石燃料などの燃焼熱(エネルギーの一種)を仕事(これもエネルギーの一種)に変換して取り出すことに成功したのです。軍事への応用では、兵器のサイズもその破壊力も格段に大きくなりました。戦闘の能力が兵器に依存する度合いが高まりました。

ここへきて、大きくなった兵器をどやって運ぶか、という問題が兵站に突き付けられます。気が付かれたかもしれませんが、やはり産業革命の申し子である鉄道等の交通網のイノベーションが輸送問題の解となりました。ここで兵站も大きく変わりました。兵器や弾薬等の輸送が重要度を増し、これは徴発ではまかなえないのです。補給基地から前線への物流ルートをいかに確保するか…これが近代以降の兵站の大きなテーマとなったのだと思います。

軍事学者マーチン・ファン・クレフェルトは「・・・兵站の歴史とは、軍隊が現地徴発の依存からしだいに脱却することである」と記しています。この状況は現代にも引き継がれていると思います。

~現代の世界~
現代においても兵站の捉え方の基本は変わっていないと思います。ただし、兵器の破壊力も軍隊の規模も、さらに飛躍的に大きくなって来ました。当然、兵站の負荷も大きくなりました。兵器の大型化だけでなく、作戦規模も大掛かりになり、戦争自体も世界規模になったため輸送距離も長くなりました。ちなみに、輸送機関の出力を比較してみたのが図表3です(別々にネット調べてプロット)。かつての主力であった馬は3倍なのが、新幹線に至っては2万倍近くです。持続可能な時間を考えると、差はさらに大きく広がります。

<図表3> 輸送機関の発生エネルギー比較

こうなると、捉え方は同じでも対応は微妙に異なってきます。兵器の大型化に伴い砲弾なども大きくなって物量が増大し、また同時に高度化するからメンテナンスの消耗品なども供給しなくてはなりません。ということは、補給が途絶えれば兵士は無傷であっても戦闘不能に陥ってしまうということです。これを敵軍から見ると、正面きって戦うより補給ルートの断絶作戦が今まで以上に重要となり、結局、作戦として前線だけでなく補給ルート攻略がかつてないほど重要になったということだと思います。

兵站が、物理的な補給だけではなく、戦略として捉えるべきものになったのです。同時に、何をどれだけどこへどのように供給し回収するかを把握して行動しなくてはなりません。大量の荷物を、いつ、どこへ、どのように運ぶのか。これはつまりサプライチェーン構築の問題のように思われます。そして、サプライチェーンのオペレーションは情報管理がキーになります。

~兵站の情報管理~
軍事評論家の江畑謙介氏によれば、補給面に関しての考え方は、「ジャスト・イン・タイム補給方式」だそうです。なるほど、と思ったと同時に驚きました。米軍が中東で作戦行動中に物資の補給したところ、現場では中身のわからない大量のコンテナを前に途方に暮れた、ということがあったそうです。つまり、「ジャスト・イン・タイム」、言葉を変えれば、「必要なものを、必要な時に、必要なだけ」、届けなければ有難迷惑になりかねないのでしょう。戦場も「後工程引き取り」を目指すべきことに変わりないのだと、納得した次第です。

そのために必要となるのは情報管理です。何が必要なのか、いつ届けるためにいつ送るのか、どのように送るのか、…これらはみな情報管理の問題です。兵站とは、オペレーションのさることながら、情報の扱い方の問題であり軍事戦略の範疇です。そうはいっても産業での「ジャスト・イン・タイム」には前提条件があります。生産計画を山崩しして平準化する、一定期間毎の内示を提示する、内示は数期間ローリングする、などです。さらに言えば、これらの前提を満たすための前提として、生産は歩留まりが高く安定していることが必要です。だからこそ、かんばんシステムなどの運用ができるのです。

一瞬で状況が変わるような戦場で、上記前提は望むべくもないことは明白です。恐らく、コスト度外視の力わざにも頼っていると推測しますが、それにしても学ぶべきところがあるように思います。さらに江畑氏は、先述のソクラテスの言葉を引用しつつ、「だから何をするにも、まず考えねばならないのはロジスティクスである。」、とも述べています。

まとめると、兵站は、人間が戦争を始めて以来、軍事戦略上の最重要事項であり続けた。現代では、輸送量が膨大に、輸送距離も長大になった。このため、輸送方法と情報管理が重要である。そしてその考え方は、ジャスト・イン・タイム、である。となります。ここまで深掘りしてみると、産業への適用を考えたのも当然かなという気がしてきます。(その2は、4月16日(水)号掲載予定)


【出典元】
・精選版 日本国語大辞典 (兵站…孫引き)
・江畑謙介:軍事とロジスティクス
・コア東京Web:都市の歴史と都市構造 第2回
・マーチン・ファン・クレフェルト:補給戦
・wikipedia:ベトナム戦争
・世界史の窓:ベトナム戦争
・中野明:Excelで学ぶランチェスター戦略
・三野正洋:ベトナム戦争
・内藤博文:「半島」の地政学
・名言格言.NET:ホー・チ・ミンの名言格言集

著者プロフィール

大原欽也

主任研究員

職歴
メーカー:研究開発、生産管理、生産改善、原材料調達
物流:工場出荷管理、物流センター管理、SCM開発、コンサルティング


キャリアのスタートはモノづくりでした。調達から製造、出荷まで、様々な角度から関わってきましたが、自身では改善屋だと位置づけています。その後、物流の仕事に移り、出荷、輸配送、倉庫管理、サプライチェーン等の管理や改善を行ってきました。統計的管理や生産管理、会計管理等の手法を物流に適用して、オペレーション改善、マテハン制作、システム開発、SCM開発等で、改善屋としての仕事をしてこれたと思っています。

得意分野

  • 生産管理
  • 工場出荷管理
  • 物流センター管理
  • SCM開発
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