旅するお荷物

量子コンピューターと物流(その②)

2024年10月16日

『旅するお荷物 vol.2
大原 欽也


量子コンピューターと物流(その①)はこちら

<量子コンピューター登場>
いや、まだ登場したわけではありません。一部に開発したという報道もありますが、それは試作品的なもので実用に耐えるレベルではないそうです。しかし、物理学の世界では、理論が予想し実験で証明する、というパターンが一般的です。ならば、近い将来誰かがものにしてくれそうな気がします、などと開発の苦労も知らず勝手なことを思ってしまいます。ポイントは、量子が波(のようなもの)でもある、というところです。

さて、量子の一種である光を一個(といっていいのか?)だけ発射してみます。発射先には細い切れ目を入れた厚紙を置くと、光は切れ目を通り抜けます、当たり前です。ここで、切れ目の横に第二の切れ目を作ります。そうすると、光は最初の切れ目を通るのですが、第二の切れ目をも通ると見做せるのです、一個のはずなのに。まぁ波なのだからそういうこともあるのでしょう、むしろ波に一個二個という概念をあてはめるのが違うのかもしれません。

ともあれこれは、量子の「重ね合わせ」と呼ばれる現象なのだとか。そしてこれが、量子コンピューターの出発点です。情報的に考えると、1回の処理で複数の情報が扱えるということになります。より具体的に言えば、同じ計算であれば、条件だけ変えた複数の計算が同時にできることになります。巡回セールスマン問題に置き換えると、いっぺんに複数の計算処理がこなせることにつながり、その結果、計算回数が激減できることになるわけです。

じつは、このやり方は並列処理に似ています。並列処理は、複数のコンピューターを横につなげて、条件が異なる同様な計算を同時にやらせることです。理屈の上ではそれでも良いように思えます。しかし、決定的な違いは、並列処理では全部の計算が終わってから、いちいち比較しなくてはならないのに対して、量子コンピューターでは、最適でない結果(この場合最短でないルート)は、途中で切り捨てられるということです。いきなり、最適解が得られるのです。

ということで、期待しかない量子コンピューターですが、前述の通り、すでにプログラムのアルゴリズムまで考えだされていて、いわば手ぐすね状態です。とはいえ、それでは手をこまねいているということでもあります。ほかのやり方はないのでしょうか。

<最適化問題>
もちろん、手をこまねいてなどいませんでした。オペレーションズリサーチ(OR)なる分野で解決が図られました。アメリカで、第二次世界大戦中に始まった作戦研究(オペレーションズリサーチ)を産業分野に適用する試みがなされたのです。その中身はいろいろですが、巡回セールスマン問題などのカテゴリーについては、その目的から見ると最適化問題などと呼ばれ、アルゴリズムから見ると数理計画などと呼ばれます。

これは、条件が少なければエクセルでもプログラミングできて、そんなに計算時間もかかりません。試しに、原点を出発してランダムに生成した7ヶ所を巡回して帰る、という問題を解いてみました(図表3)。なんとなく最短ルートになっているように思えますが、い かがでしょうか。とはいえ、通過点を増やすと、途端に不安定になり時間もかかりますので、実用には専用のアプリケーションが必要です。

図表3「巡回セールスマン問題の例

説明を省いていましたが、数理計画法で説いたこの問題は、しらみつぶしに最短ルートを探したわけでないことは、今までの議論からお分かりいただけるかと思います。最短ルート探索の過程を、イメージ、そう、あくまでイメージでお伝えします。

まず問題をいくつかの数式に落とし込みます。普通なら、数式の組み合わせで答えを計算できるそうですが、それができない。それは、なんというか単純に言うと情報過多だからと思うのです(線状の情報でなく領域の情報だったり、数式の結果を最大化/最小化することだったり)。何を言っているかわからないと思うので、とりあえず図表4をご覧ください。

図表4「最適化問題の解法イメージ

領域A(三角形)と領域B(四角形)が答えの範囲だとして、組み合わせると領域A+BがA,Bとも満たす答えの範囲です。さらに、線Cをできるだけ右上にせよ、という課題が加わります。そこで、領域A+Bの中で、線Cを右上に動かしていき、A+Bの端っこの点Dが答えとなります。尚、この説明はOR基礎の説明なので、巡回セールスマン問題ではありません。

要するに、問題を数式に落とし込むことで、しらみつぶしの範囲を絞り込んでしまい、あとはコンピューターで力任せに探し出す、とでもいえばいいのでしょうか。

<最適化問題の問題点>
しかし、問題はこれで収まりません。先に私が“いかがでしょうか”といったのには訳があります。それは、得られた最短ルートが、果たして最短か、ということです。巡回セールスマン問題は、データの収まりが悪い、つまり訪問先の場所がきれいな並びになりません。数学的に表現しにくいというようなニュアンスです。先に説明した試みでも、訪問先をランダムに生成させています。

こういうケース(というより大抵のケース)では、間違った答えが出力される可能性がゼロではありません。最短と見做したけれど、それとは違う真の最短ルートが実は存在する、ということもあり得るわけです。

だからといって、より細かく探そうとすると、結局しらみつぶしになってしまう。といっても、市販のパッケージシステムではこのような問題を回避し、同時に計算時間も短くなるような様々な工夫がなされています。なので、量子コンピューターを待たずとも、必要ならば導入すべきです。

<システム導入>
精度と処理時間の改善は進んでおり、AIなども検討されているようです。システム導入検討の際には、選択肢も多く選び甲斐もあるというものです。

大事なことが一つあります。

それは、システムの動作の中身を理解した上で使わなくてはならない、ということです。なにも、アルゴリズムを全部理解しろという無理難題ではなくて、どういう仕組みで答えを導いているのかイメージできるということです。このデータを放り込んだらこんな結果を出してきたけど、それはこういう流れで演算したからなんだろうな、とわかることです。

この理解がなければ、システムの中身はブラックボックスになってしまいます。とりあえずこの結果が出たから、それに従っていればいいや、となってしまう。これでは、システムを使うというより、使われている状態です。そのうち配車スキルが衰えていき、システムの答えから逸脱したほうが良いケースもあっても、その判断ができない、そもそも気が付くカンが働かなくなってしまう。

大事なことがもう一つありました。

残すべきスキルは何か、ということです。本当に大事な部分はシステムで賄うことは困難です、賄えるのは時間さえかければ誰でもできる部分です。賄える大部分はシステムで効率化し、配車マンは独自のスキルに専念させる、さらにその作業を通じてスキルのブラッシュアップを図る。それが叶うシステムを選択する、そのためにシステムの中身を理解する。

結局、大事なこと-その1、と同じなのですが。

◆ 出典元
・ジャレド・ダイアモンド:銃・病原菌・鉄
・カルロ・ロヴェッリ:世界は「関係」でできている
・田俊太郎:量子コンピュータが本当にわかる!
・吉田伸夫:量子で読み解く生命・宇宙・時間
・松井泰子 , 根元俊男 , 宇野毅明:入門OR
・藤澤 克樹 , 後藤 順哉 , 安井 雄一郎:Excelで学ぶOR

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