労務管理ヴィッセンシャフト

労働基準監督官の司法警察権について

2024年9月11日

労務管理ヴィッセンシャフト vol.26



◆はじめに

2024年問題もスタートしてはや4ヶ月が経過しましたね。今まで猶予されていた労働時間の上限規制や、改正改善基準告示の遵守への対応に苦慮されている運輸事業者様が多いかと存じます。

これら時間外労働の上限規制にみられる労働時間管理の厳格化や、従業員さんに対する安全配慮義務などが問われるのも、時代の流れだといえます。とりわけ運輸業は長時間労働を前提とした事業となっており、これらのパラダイムシフトが求められております。

ところで労働行政を取り締まる監督官庁といえば、労働基準監督署です。36協定で定めた時間外や休日労働について、行政指導や是正勧告を受けた経験のある事業者様もおられることと思われます。

意外と知られていないことですが、労働基準監督署(具体的には労働基準監督官)には司法警察権を行使する権限を有しております。司法警察権とは、検察官が有する捜査権と同質の強い権限です。(労働基準第102条にも、その旨定められております)。

余談ですが、なぜ労働基準監督「所」ではなく「署」なのか?司法警察権の有無による違いです。(例えばハローワークは公共職業安定「所」ですね)。

10年くらい前ですが、労基署職員が主人公のドラマがありました。その中で、重大な労基法違反で是正勧告が守られない事業所に対し、司法権行使に踏み切るエピソードがありました。なにせ警察と違い逮捕なんて普段行わないため、職員たちが「逮捕ってどうやればいいんだ?手錠とかはめるのか?」などと事前打合せするシーンがあって、少々コミカルに描かれていたのを思い出します。それもそのはずです。労働基準監督官による司法警察権の行使は頻繁におこなわれておらず、ここ数年でも全国で年間800件位と減少傾向にあります。労働基準監督官は全国に約3千人配置されております。内部の目標としては年間一人1件の検挙が設定されているそうですが、年間800件という件数は監督官3人につき一人未満の件数ということになります。

◆労働基準監督官による送検対象の事業場拡大の懸念
労働新聞社報道(令和6年5月2日)によると、厚生労働省の通知により、今年の初頭に労働基準監督署が書類送検の対象とする事業所を拡大した可能性があることが指摘されております。(コタツ記事みたいになってしまい、大変申し訳ございません)同報道によると同様の法違反を繰り返す事業所を躊躇なく書類送検してゆく方針が示されていたとのこと。具体的には過去に重大・悪質な法違反が認められた事業者に対し、改善が見られないケースについての対応です。もちろん違反内容やその社会的重大性、従業員への安全配慮義務として看過できない重大案件に限った事案に限定されることとは思われますが、労基署の監督指導の重みを感じさせるニュースでした。

漠然とした印象ですが、労働行政の監督権は税務署などと比較し、経営配慮があるように思われます。俗っぽい言い方をすれば「税務署が調査に来る」といえば緊張間が高まる事案ですが、労基署の臨検や調査といわれると、税務署のそれと比較すると緊張感が少ないです。

こんないいかたは良くないのですが、税制は国家運営にとり財源確保なので、最重要事項です。だからといって、労働監督行政がいい加減でもよい・・・ということではありませんが、国としてある程度力の入れ方に違いが生じるのも致し方ありません。

しかし今回の報道が事実であるとすれば、その理由は働き方改革関連法の施行が背景にあると推測されます。その場合、監督対象に高いプライオリティがある事案から推測すると、一つは労災防止、二つ目に労働時間管理が重点とされる可能性が高いです。働き方改革関連法が施行され、より厳密な労働時間管理が求められておりますが、これは労働者の安全衛生への配慮に根差すものであり、国民の生存権という日本国憲法で定める人権に基づくものであるといえます。

とりわけ運送会社においては、2024年4月より時間外労働の上限規制や改善基準告示等、過重労働防止のための規制がスタートしております。長時間労働が常態化している運送業にとっては厳しい事案ですが、今後の法令順守の徹底が求められます。

著者プロフィール

野崎律博

主任研究員

公的資格など
特定社会保険労務士
運行管理者試験(貨物)


物流事業に強い社会保険労務士です。労務管理、就業規則、賃金規定等各種規定の制定、助成金活用、職場のハラスメント対策、その他労務コンサルタントが専門です。労務のお悩み相談窓口としてご活用下さい。健保組合20年経験を生かした社会保険の活用アドバイスや健保組合加入手続きも行っております。社会保険料等にお悩みの場合もご相談下さい。

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