労務管理で活用すべき?行動経済学のススメ
2024年7月10日
労務管理ヴィッセンシャフト vol.25
はじめに
今月はいつもと違うテーマについて、お話したいと思います。
皆様は「行動経済学」という言葉を聞いたことはあるでしょうか?行動経済学とは一言でいえば、心理学の理論を応用した新しい経済学のことです。なぜ心理学が関わるかといえば、人は常に客観的かつ合理的な判断ができるのではなく、一定の要因や環境によって、不合理な判断をもとに行動してしまうことがあるからです。
わかりやすい例でいえば、「今日限定のセール!」といわれると、「買わないと損」「後で後悔する!」と思うことはありませんか?よく考えればありふれたセールであり、その値段で買う機会はいくらでもあるのに・・・。(私が最近よく目にするのは「ア〇ゾン期間限定セール」ですね)
一般的な経済学では「人は常に合理的な判断をする」という前提に基づいているのですが、実際の経済活動では、合理的でない判断や行動をしてしまうことがあります。よく「バイアスがかかっている」なんていいますが、われわれは常に一定の環境のもとで、色眼鏡のようなものがかかってモノが見えてしまうことがあるのですね。
労務管理に行動経済学を役立てる
この行動経済学ですが、われわれの生活で何か役立てることはできるのでしょうか?先に挙げた例は「限定セールがお得!」と、人を錯覚させ経済行動に誘導するような例だったので、皆様の印象はあまりよくないでしょうか?
上記はあくまでわかりやすい例を挙げましたが、行動経済学は人間の行動変容を自然な形で促す活用を目的にした学問です。詐欺に利用したり、詐称でごまかしたりペテンにかけることで活用されるべきではありません。ここではいくつか例をご紹介したいと思います。
ナッジ理論
今回ご紹介するのは、ナッジ理論です。ナッジ理論とは、人々の行動を自然な形で促す手法です。よく上司が部下に行動変容を促す方法として、「何回も注意する」「ちょっと強めに言う」などが行われると思います。しかし人は中々変わりません。それは人には潜在的欲求の中に「自分で決めたい」という心理があるからです。他人から命令されたり禁止されたりすると、反発したくなることがあります。「私はそんなことないよ?」「そういう人は単に性格がひねくれているだけなのでは?」と思われるでしょうか?では仕事外ではいかがでしょう?例えば身内の人、配偶者や親、兄弟などに「なんで貴方はいつも片づけないの?」とか「何々しなさい!」といったようなことを言われて、素直に聞いてきた人はいるでしょうか?多くの人の中は反発するとか、場合によっては注意された行動をわざと繰り返して「自分は絶対〇〇の言うことなんて聞かない!」とアピールすることもあります。(少なくとも私はありました・・・正直に言います(笑))
ナッジというのは、行動経済学の見地から、人が望ましい行動をとれるように後押しするアプローチのことです。報酬や規則・罰則などで誘導するのではなく、あくまで自発的にその人に行動変容を促すよう誘導することです。
一番わかりやすい例ですが、最近居酒屋の男性トイレで、便器に的みたいなものが書かれているのを見かけることがあります。(ちょっと変な例でスミマセン)男性が用を足す時、この的を目標にすることで、汚れを80%削減し、清掃コストを20%削減できる効果がありました。(最近はもっとすごくて、この的がゲームになってポイントが表示されるものもありますね)
別の例ですが、イギリス政府は納税率の低さを改善するために、ナッジを利用しました。具体的には税金滞納者に対し、以下のようなメッセージを挿入した税金納付通知を送りました。
・あなたの住む地域の10人中9人は、期間内に納税しています
・あなたのような税金未納者の大半は、既に納税済みです
イギリスがこれを行った結果、滞納者の納税が進み、納税率が68%から83%に増加したそうです。これはナッジ理論の「行動が社会規範や周囲と同じと認識させる」手法の活用です。
米国では、省エネのための節電対策として、次のような実験を行いました。省エネを促すメッセージをいくつか作成し、各家庭のドアノブにかけ、その影響の違いを評価するという実験でした。
その結果、一番効果が高かったのは「ご近所さんは既にやっています」というメッセージでした。(この言葉、日本人のほうが利きそうですね)この試みはドイツと同様、ナッジ理論の行動原則の一つである「行動が社会規範や周囲と同じだと認識させる」性質を利用したものです。
以上、ナッジ理論の活用におけるフレームワークには」、4つの種類があります。詳しくは図表①をご覧ください。
運輸ドライバー指導に役立つ?ナッジ理論
以上、行動経済学の一つであるナッジ理論についてご紹介いたしました。行動経済学には他にも様々な手法がありますので、一度本を読んでいただければと思います。
さて、社労士や物流コンサルをやっておりますと、従業員さんやドライバーさんを管理するマネージャーさん達のお悩みをご相談いただくことがあります。その中には「何度注意しても、事故を繰り返す」「問題行動(遅刻やミス等)が多く、注意しても聴いてくれない」といったようなご相談内容です。そんなとき、行動経済学を有効に活用いただくことをご検討されてもよいと思います。
たとえば最近よく聞くのは、デジタコに安全運転やエコポイントを点数化する仕組みがあり、一定期間における運転スコアみたいなものを出してくれる・・・といったシステムです。これはある意味、行動経済学の利用に繋がる案件ですね。「注意や指導で直される」というと「そんなこというけど、ドライバーの気持ちにもなってみろよ?現場スタッフは大変だよ!」などと反発されそうですが、ゲームのようなアプロ―チであれば、「今度こそハイスコアを目指す!」という行動変容も促されそうですね。これらが人事考課や賃金に繋がれば、職場の生産性向上や職場内秩序の維持など、向上につながることが期待できます。
<図表① ナッジ理論の要素>
Easy:簡単
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難易度やハードルを下げることで、行動しやすくする。
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Attractive:魅力的
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魅力的と感じる選択肢を用意する。
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Social:社会的
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行動が社会規範や周りと同じと認識させる。
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Timely:タイムリー
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適切なタイミングで必要な情報を提供する。
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