続・徒然日記

運河のはなし

2024年6月19日

『続・徒然日記』
葉山 明彦


運河というと、まずパナマ運河やスエズ運河の名前が挙がる。世界の貿易を支える大運河で、政治的にもしばしば登場する国際的な要衝だ。私はかつて1日かけてパナマ運河を通航したことがあり、その規模に驚き、また楽しかった。ただ、運河は小さいものを含めると、海や河川湖沼を持つ都市があれば日本を含めどの国にもある。これらにも印象に残ったものがあり、これから行ってみたい運河もある。そこで今回は大小取り交ぜて運河のはなしをしてみたい。

異なる2つの方式

まず2大運河のはなしから。完成はスエズが1869年、パナマが1914年でスエズの方が45年早い。スエズは欧州とアジアの貿易が隆盛する中、フランスのレセップスにより地中海の東端と紅海の地峡164㌔を掘削して海路をつなげた。これによりそれまで喜望峰まわりだった欧州~アジアの航路が劇的に改善された。最大のメリットはもちろん輸送日数の大幅短縮だが、これを享受するため新たなイノベーションが進む。それは当時主流だった帆船の通航がスエズでは困難だったため、供用を契機に海運界で汽船化が促進されたことだ。その意味でスエズ運河の完成は近代海運発展の旗手になったと言っても過言でない。

スエズ運河の成功は洋を隔てたアメリカにも影響を与えた。アメリカでは南北戦争後、五大湖周辺の工業化が隆盛する一方、フロンティア政策による西部経済の発達で東西物資輸送の需要が起こる。アメリカ大陸は南北広域に分かれるも太平洋と大西洋が海路でつながるところがなく、物資を輸送するならアルゼンチン南端のホーン岬沖(ドレーク海峡)をまわるしかなかった。その意味で地峡のパナマは真っ先に運河の候補地となり、レセップスはここでも名乗りを挙げるが、砂漠の中を通るスエズとは地形が異なり、ルート設定や難工事で時間がかかり撤退。それを引き継いだアメリカ政府が追加投資と労力をつぎ込むことで地峡82㌔を切り裂いて完成をみた。

世界の2大運河と言ってもスエズとパナマでは運河のあり方がまったく異なる。これは他の運河にも共通するが、海洋間を水路で結ぶに当たり、水位差がない時は単純に掘削して水路を延ばしていけば問題ないが、水位差がある場合は水流が起こり船の通航ができなくなる。スエズ運河は地中海と紅海に水位差がなかったので前者に当たり、これを「水平式運河」という。これに対しパナマ運河は太平洋と大西洋の水位差に加え、中央が高原部という特殊な地形のため人工湖を造り、それと両洋をつなぐ水路に閘門(こうもん=ロック)で仕切った閘室という船の入るスペースを複数設け調整をはかった。閘室に船が入ると次の閘室の水位まで水量を変え、同レベルまで達したら門を開け、次の水路に進むという方式をとっている。このタイプは「閘門式運河」という。

パナマ運河の高原部にある人工湖はガトゥン湖といい、ここを最高地点に両洋側に各3段階のロックがある。ロックはデッキ上から見ると船のロック間の移動が見えてその構造がわかる。閘室に水が入ると船全体がグーと浮いてくる一方、下がる時は水を抜くので上階デッキがみるみる下降していく。これが船内(窓付)にいると壁が見えて急に暗くなったり、逆に浮上時は急に明るくなったり不思議な感じだった。スエズ運河は水平式のため、こういう光景はない。私はスエズ港まで行ったが、スエズ運河を通航しなかった。ただ、通った人の話を聞くとスエズ運河は砂漠の中をフラットに航くのであまり面白くないと言っていた。

 
パナマ運河/ガツン・ロックを経て太平洋へ

個性ある小運河

パナマやスエズなど海洋間を結ぶ運河は「海路運河」と呼ぶ。海路運河には海洋と内陸水路を結ぶものも含まれるが、世界的に数が圧倒的に多いのは河川湖沼の連絡も含めた「内陸運河」だ。内外問わず海や河川のある都市では市内に運河を建設し、交通や物流面で大きく貢献している。欧州ではオランダに例をとると網の目のように町中に運河が張り巡らされ、日常生活の中に運河が存在する。私がアムステルダムで見た変わった光景を紹介すると、町中の小運河と道路の交差する場所に跳開橋があり、船が来ると鉄道の踏切のようにチンチンチンと信号機が鳴り遮断機が下りて橋が跳ね上がる。車も人も船の通過を待ち、橋が下りてから渡るのだ。また、上階のオフィスで取材をしていた時、窓のすぐ外に船が移動していくのを見て驚いたことがあった。高架のような道(運河)を船が進んでいく。先に交通量の多い交差点など障害物があるのか、運河を平面で通せない事情があったのだろう。閘門式だと思うがビルの上階ですぐ横に船が動いている光景はオランダ以外ではみられないだろう。

アムステルダム/運河の跳ね橋/船が通るとシグナルが鳴って遮断機が下り、交通はストップ

中国の揚子江を流れる三峡ダムには河川では世界最大規模と言われる2レーン5段階型閘門式運河(落差113m、1万総トン型が通航可能)があるが、面白いのはその脇にある2016年竣工した「エレベーター型運河」だ。3000総トン級1隻が入る閘室があり、ダムの上下間をエレベーターのように船を運ぶ。先日、ドキュメンタリー映画「再会長江」(竹内亮監督)でその姿を見たが、観光船が瞬時に上から下へ運ばれていった。これも閘門式といえばそうかもしれないが、この発想自体に驚いてどう呼ぶのが適当か当惑している。

荒川にも閘門式運河

日本では水平式が圧倒的多数だが、閘門式も存在する。身近なところで実用稼働しているのが東京都江東区にある荒川ロックゲートだ。荒川から旧中川へつなげるこの運河は水位差が3mあるため閘門式でやらざるを得ない。長さ90m、幅8mまでの小型船が年間約1000隻利用しているという。このほかに兵庫県尼崎市の尼崎閘門(尼ロック)は500総トン級まで利用でき、船舶の河川港への重要な玄関口として機能する。また、1902年開門と歴史のある愛知県の木曽川と長良川をつなぐ船頭平閘門も現役で一般の利用も認めている。JR富山駅の北側から富山湾口まで神通川に沿って5.1㌔ある富岩(ふがん)運河は水上ラインで中島閘門を観光用に使っているほか、愛知県熱田区の中川運河も観光船で閘門クルーズを体験できる。こうした機会を利用し、閘門式運河を体験してみるのも楽しそうだ。

荒川ロックゲート/荒川と旧中川は3mの水位差がある

著者プロフィール

葉山明彦

国際物流紙・誌の編集長、上海支局長など歴任

40年近く国際関係を主とする記者・編集者として活動、海外約50カ国・地域を訪問、国内は全47都道府県に宿泊した。

国際物流総合研究所に5年間在籍。趣味は旅行、登山、街歩き、温泉・銭湯、歴史地理、B級グルメ、和洋古典芸能、スポーツ観戦と幅広い。

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