会社の所持品検査は人権侵害にあたるか
2023年6月14日
労務管理ヴィッセンシャフト vol.12
◆就業規則に基づかない所持品検査はプライバシー侵害?
今月は就業規則のルールと人権侵害との関係について、お話したいと思います。
就業規則は会社のルールブックであり、憲法のようなものです。労基法では就業規則の明示事項について、最低限定める事項が明示されております。具体的には始業終業の時刻や賃金ルール(決定方法や支払時期)、退職に関する事項などです。その他法的に義務はありませんが、服務規律や懲戒処分に関すること、会社の経営ビジョン等が書かれているケースもあります。
会社で職務遂行及びそれに関連する行為のなかで生じたトラブルは、就業規則に基づき判断されます。冒頭に「憲法のようなもの」と定めましたが、まさにそのとおりです。例えば問題行動を繰り返す従業員がいた場合、訓告など懲戒処分が行われる場合があります。懲戒が行われる場合、それらに関する事案について、就業規則へ明示的に列記されており、それらに基づく処分が民主的かつ適正に行われることが求められます。
昭和の時代にさかのぼりますが、就業規則に基づかない所持品検査が違法であり、人権侵害とされた労務紛争がありました。とある運送会社の従業員の事案ですが、ある顧客への引っ越し業務を終えて帰社したところ、上司に呼ばれ「顧客から台所に置いてあった財布がなくなったという話があったので、調べたい」という要求がありました。そこの会社は就業規則で「保安員が必要ありと認めた場合は、社員は所持品検査を拒むことはできない」という規定がありました。
所持品検査はこの方だけでなく、先に帰宅した他の従業員に対しても行われました。上司はこの方に対し「ポケットの中身を全部机に出すように」求められ、着用していた腰痛防止ベルトに至るまでの説明が求められました。さらにトラックの荷台のゴミも調査し、運転席の中も検査されました。
結果として顧客が亡くした財布はその方の自宅で発見されました。上司からは謝罪の言葉があったのですが、従業員は名誉棄損、信用侵害、プライバシー侵害等により会社に対し慰謝料請求の訴訟を起こしました。
結論から申しますと、本件紛争は労働者側の主張が認められ、30万円の慰謝料請求が容認されました。裁判における要点とはどのようなものだったのでしょうか。
◆所持品検査が基本的人権の侵害とされた理由について
内容に入る前に、皆様はこの裁判判例についてどのような感想を持たれましたか?正直私は、会社側にとって厳しい判決だと思いました。確かに所持品検査によるプライバシー侵害や信用問題は重要な問題ですが、就業規則には「必要ありと認めらえた場合の所持品検査の実施」について明記されており、これらを行う理由(顧客の財布がなくなったこと)も、ある程度合理性があるのではないか?もっといえば、調査を受けた従業員に金銭的損失があった訳でもないのに、名誉棄損だなんて・・・と思いました。しかしながら、改めて判例を読み返すと、これら判決の合理性を認めざるを得ませんでした。
それでは裁判所はこの事件をどう考えたのでしょうか?所持品検査は企業秩序を維持するための権限の一つであると同時に、私人による犯罪捜査の機能も持ちます。一定の要件を欠いた状態で所持品検査が行われるならば、従業員の人格や尊厳を傷つける行為にもなります。
人格や尊厳といった人権にかかわる行為が適正に行われる背景には、①合理的な理由②妥当な方法と程度で行われること③制度として従業員に対し画一的に実施されること④就業規則の根拠が必要であること・・・が必要となります。これら要件が欠ける場合、従業員の全体意思としての同意があったとしても、違法として取り扱われる場合があります。
就業規則で所持品検査の規程はあったのではないか?そう思われる方もいらっしゃるかもしれません(私もそう思いました)。しかし就業規則に明文化されていた所持品検査の目的は、私品持込みを発見するためのものであり、その他の目的(客の盗品発見のため)の所持品検査ではありませんでした。よって所持品検査を就業規則に明記するためには、目的を類別して記載することまでが求められ、かつ実施の実績(定期実施や実施方法などのガイドライン)を従業員に周知し、日頃から実施されている必要があります。
このことからわかることは、会社における所持品検査に関する規程を設ける場合、これらについて詳細に規定する必要があるということです。逆にいうならば、就業規則にこれら詳細にまで明記された所持品検査の規程があり、従業員に対し画一的に行われるのならば、他に代わるべき措置を取り得る余地が絶無でないとしても、従業員は検査を受任すべき義務が生じる場合があります。(こちらも裁判判例があります)