雇用契約と請負契約をぼやかし、燃料費や車検代を労働者が負担させられていた若者ドライバーの話
2022年11月9日
労務管理ヴィッセンシャフトvol.5
~10月施行の改正職業安定法によせて~
1.若かりし日のエピソード
時は去ること15年位前の話。とある事情で私が自宅の引っ越しをしたときの話です。運送会社に引っ越し荷物を預けた私は、旧自宅のとある大型家具(机です)を処分するため、処分業者さんを待っておりました。
しばらくしたら、自分より一回り若い20代前半くらいの若者が、ひとりトラックで家にやって来ました。「どうも、よろしくお願いします」「回収される家具はどちらですか?」細かいやりとりは忘れましたが、不要となった机を回収してもらうべく、品物の引き渡しを行いました。
そのとき、若者ドライバーさんとしばし雑談になりました。「こういう仕事って大変ですね。いつもお一人で作業されるんですか?」とか、「こういうお仕事って、力使いますよね」など、たわいのない話をしていたのですが、突如その若者ドライバーさんがこんな話をし始めました。
「うち元の給料は高いですけど、車の賃貸料や車検代、燃料費を給料から差っ引かれるから、手取りが少なくなるんですよね~。」
へ?私は思わず耳を疑いました。会社の仕事をするのに、車が賃貸扱いで給与から天引き?車検や燃料費って会社の経費じゃないの?従業員の給与から天引きって、ナニゴト?
「はい。普通はそうなんですけど・・・うちの会社って特別のやり方なんですよね~新聞の求人広告見て入ったんですけど、そんなこと全然書いてないから騙された気分ですよ~。」
イヤ、それ騙されたってレベルの話じゃないから!っていうかそんなの労基法違反だから、労基署に駆け込めば是正勧告どころか行政刑罰ものだよ!(注:賃金から控除できる項目は、労基法で定められています。社会保険料や所得税など、法的根拠の無いものを本人の同意なく控除すれば、労基法違反。)
・・・という話をしたのですが、若者ドライバーさんはピンときていないご様子。「いやぁ、でもうちはそういうやり方で皆、何年も働いているし・・・特別な例外とか、あるんじゃないですかぁ?」
んなバカな・・・?(ハッ!)そのとき私は気が付きました。ちょうどそのころ私は、今の仕事の資格(社労士)を取るべく、労働法を勉強していたのですが、思い出したんです。資格の学校の講師の先生が言っていたことを!
「偽装請負ってご存じですか?あたかも雇用契約のフリをして求人し、その実は請負契約、すなわち個人事業主との契約です。労災も社会保険も入れないし、個人事業なので通勤手当も経費も全部自分持ち。いわゆる労基法逃れですね」
そっそっそれだぁぁぁぁ!正義感にあふれていた若き日の私は、そのことをドライバーに伝えました。結局その熱量は、若者ドライバーさんにはあまり伝わらなかったのですが・・・。今頃どうしているか、気になります。
2.改正職業安定法の意図すること
この例は典型的な偽装請負の手法です。請負契約と雇用契約は外形の見分けが付きにくいのですが、個人事業主との請負契約は、経費は全部自分持ち。労災社保は加入義務なし。労災事故が起こっても自己責任になります。会社から指示を受けて業務を行うので、一見見た目は雇用契約なのか請負契約なのか分かりません。本来、請負契約というのは、会社の指揮命令や労働時間管理などを受けないです。しかしながら、実質的に労務管理に近い行為が行われながら、その実、契約内容だけは請負という形を取るのは、雇用契約とみなされることがあります。過去に裁判となった判例もあります。(例:個人請負のバイク便で生じた事故が、労災に該当するか否かを巡る係争→労災と認められた)
これは若干込み入った話だったので、その若者ドライバーさんには理解しがたい話だったのかもしれません・・・。いつかどこかで、その事実を本当に理解する日が来るとは思いますが。
あるいは雇入れ時、会社から若者ドライバーさんに請負契約であることの説明があったのかもしれません。しかし(話を聞いた限りだと)出退勤管理や実質的な労働時間の拘束等があったそうなので、まっとうに係争すれば会社が敗訴する案件と考えます。
我々専門家にとっては当たり前の話だとしても、それらが標準的な一般の普通の人にとって「常識レベル」の知識とは限りません。その「無知」の上にあぐらをかき「合意あり」を理由に不当な契約を行う行為は、あってはならないと思います。
2022年10月1日から施行予定の改正職業安定法において、求人メディア等を運営する募集情報等提供事業の運営ルールが変わります。改正のメインは従前の求人メディア、求人誌等の他、インターネット上に公表されている求人情報等にリンクを貼り、まとめ情報だけを掲載するようなウェブサイトの運営も募集情報等提供事業に含まれることになります。
細かい説明は割愛いたしますが、新たなルールでは、募集の内容を可能な限り最新かつ正確に記述する必要があります。採用情報について虚偽の表示があったと判断される場合、法違反となります。今回私のエピソードで書いたような話も、虚偽記載とみなされる事例です。
今回の事例は会社側に悪意があったと思われますが、仮に悪意なく単なる過失による虚偽だったとしても是正勧告の対象となりますので、十分な注意が必要です。