ハラスメントはなぜ起こる?組織の在り方について
2024年10月9日
労務管理ヴィッセンシャフト vol.27
野崎 律博
◆ハラスメントを引き起こす原理とは?
昨今新聞を読んでいると、ハラスメントという言葉を目にしない日が無いくらい世間で話題になっています。最近では某都道府県知事による職員へのパワハラや、それらを認める、認めないなどの問題が大きく話題となっております。「ハラスメントバブル」といってもいいくらいに、ハラスメントが大きく取り上げられる時代となりました。
さてそんなハラスメントですが、この概念は主に2000年代以降、世間に一般化いたしました。40代、50代またはそれ以降のご年齢の方ならピンとくるかもしれませんが、昔は職場のハラスメント問題が表面化することはありませんでした。上司が部下に厳しくあたるのは、人材育成や指導のために不可欠であり、異論を挟む余地さえありませんでした。
よってハラスメントに関する認識は、世代ごとにギャップがあります。
私は仕事で職場のハラスメント防止の講師をすることが多いのですが、古い世代(私も含めてですが)からは「昔はこんなことは問題にならなかった」とか「今はこの程度でもハラスメントになるのですか?」と驚かれることがあります。
たとえば上司からの激しい叱責、女性の外見に関するコメント、などが典型です。
ただ、それらは現代のハラスメントの正当化事由にはなりません。なぜならば時代によって物差しは劇的に変わるからです。
ハラスメントに限らず、環境規制、個人情報の扱い、差別用語など、時代とともに変わるものはたくさんあります。会社だって、時代に適合した製品やサービスを提供できなくなれば、いずれは淘汰されます。ビジネスパーソンも同様です。今は昔のことをいうのではなく、自分自身の物差しを変えるしかありません。
ともあれ、指導として行われる行為が「ハラスメントにあたるか否か」というのは、職場や教育現場などでよく争われる点です。それらを考察する上で欠かせないポイントは、組織の在り方です。日本だけではありませんが、基本的に組織のマネジメントは、トップダウンを基本として行われてきました。トップダウンの組織は「組織のパフォーマンス向上」より「組織のマネジメント」が優先されます。トップダウン優先の組織においては、組織が何を生み出すかよりも、「いかに組織が管理されているか」が最優先とされる傾向にあります。
組織管理を重視したトップダウン型の在り方の特徴として、上司の命令が部下の末端に至るまでいかに効率的に伝達、指示が行き渡るかについて重視されます。それら組織においては、個々の能力より忠誠心が重視される傾向にあり、イエスマンであることが求められます。
これらは主に軍隊に特徴的なあり方といえます。私は以前「フルメタルジャケット」というベトナム戦争の映画を見たことがあるのですが、まさにこれを体現した内容でした。海兵隊員はまず隊員の個々の自我を解体させるところから始まります。上官から「お前は〇〇で△△野郎だ!」(差別用語を含むため、伏せ字にさせていただきます)みたいな罵詈雑言を浴びせられるところから始まり、人権意識や個人の尊厳を徹底的に叩き潰す。何を言われても何とも感じないくらいに、自我を解体させられます。上官へのイエスマンを育成するための、いわば「洗脳」のようなものです。
これは米国の海兵隊に限った話ではありません。戦前の軍国主義国家日本においても(程度の差はあれ)同様です。漫画家の水木しげる先生の戦争体験の書物を読むと、意味もなく上官から殴られるという事案は日常茶飯事、なんで殴られたのかもわからないエピソードというのが多数出てきます。今の若者・・・というか、私のような戦後民主主義教育を受けてきた世代が読むと「これはひどい」と思わざるを得ないエピソード満載です。
しかしながら一見無意味と思えるこれらハラスメントは、組織管理を重視するという観点でいえば、意味がある行為といえます。なぜなら上意下達を重視した管理組織を実現するためには、ハラスメントを伴う教育や指導がもっとも効率がよいからです。
◆トップダウン型組織からパフォーマンス向上重視型の組織へ
なんでこんな話をするかというと、ハラスメントの問題となった某知事の発言を聞いていると、先に触れた映画を思い出させるからです。マスコミは某知事の言動から、責任回避だのサイコパスだのと指摘されておりますが、(おそらくは)本人は悪気があるのではないと私は考えます。上意下達至上主義のトップダウン型組織を徹底化すると、ハラスメント(当人はそう自覚していないと思いますが)を取り入れた組織管理は当然であり、「当たり前のことをやったのに、なぜ批判されるのだ?」という感覚ではないでしょうか?
これは某知事を擁護しているのではありません。つまり近代以降においてトップダウン型組織の在り方からパフォーマンス向上重視型組織への止揚(アウフヘーベン)が求められているのだと考えます。と申しますのも、某知事は極端な例としてバッシングされている訳ですが、私たちの日常の中にも、程度の差はあれ同じような問題を抱えている課題は多いと思います。上意下達的組織では、全ての下位のメンバーが「上司に忖度、部下に威圧的」という人間に形成されやすい傾向にあります。これは個人の資質にかかわりなく、そういう金型にはめられてしまうという特徴にあります。
◆トップダウン組織とフラット組織
だからといって効率的な組織管理のために、ハラスメントは許されてよいものではありません。日本という国は、国連の人権委員会からも何度も是正勧告を受けているほど、人権意識が低い国といえます。パワハラだけでなく、男女共同参画社会の観点から男性と比べ女性の賃金が低い点や、某芸能事務所のセクハラ行為への補償や再発防止対応など、国連人権理事会から多くの指摘を受けております。これは先進国として恥ずべき行為であり、是正されるべき点です。しかしながら、冒頭でお話したハラスメント防止セミナーの話に戻りますが、質疑応答で必ず上がる声は「厳しく言わないと聞こうとしない部下がいる」「悪意をもって上司の命令を聞かない部下に対する適切な対応は?」というご質問もあります。
これは中々難しいテーマといえます。指導の在り方というのは千差万別であり、ケースによってそれぞれ適切な対応は異なる場合が多いからです。しかしながら、「組織はトップダウンで編成されなければならない」という信憑性からテイクオフすることは必要であり、それなくしてハラスメントを無くすことはできないでしょう。
昨今では組織の在り方を巡って、様々な取組をしている会社があります。その事例の一つとしてあげられるのは、フラット型組織です。フラット組織は、従来のピラミッド型組織では現代のビジネスパーソンにそぐわないことが多くなってきたため生まれた組織形態です。
まさにトップダウン型のアンチテーゼといえる組織形態です。
フラット組織とは具体的には社内の役職としての管理層が少ない組織のことを指します。従来型の管理層の役職構造が平面的(フラット)であることから、そう呼ばれています。
もちろんフラット型組織にもデメリットが無いわけではありません。フラット型組織は主に部署ごとに独立的に運営していることで、会社トップからの指示が届きにくい、部署間の連携がとりにくいなどの問題点も指摘されております。
いずれにせよ、トップダウン型組織への信憑から別のアプローチもありうるということは、今後日本の会社組織が新たな成長を遂げてゆくうえでも、念頭に置く課題といえるのではないでしょうか。そのためにも、トップダウン型(テーゼ)とフラット型(アンチテーゼ)両方の利点を念頭に置きつつ、パフォーマンス重視型(ジンテーゼ)組織へのアウフヘーベンが求められております。